窒素出納とは — タンパク質の推奨量はどう決まったのか
窒素出納は摂取した窒素量と排泄された窒素量の差を指し、タンパク質推奨量の算定根拠になる。測定方法、推定平均必要量から推奨量への算定式の構造、指標アミノ酸酸化法との推定値の違いと、窒素出納法が抱える測定上の限界を整理する。
窒素出納とは、摂取した窒素量と排泄された窒素量の差を指す。タンパク質は平均して約16%が窒素であるため、窒素量に6.25を乗じてタンパク質量に換算する。この方法で得られた「出納がゼロになる摂取量」が維持必要量であり、日本人の食事摂取基準(2025年版)の推奨量算定の出発点になっている。ただし窒素出納法には系統的に必要量を低く見積もる傾向があることが、食事摂取基準自体で指摘されている。
窒素出納とは何を指すのか
窒素出納は、体に入る窒素量と体から出る窒素量の差分である。日本人の食事摂取基準(2025年版)は「たんぱく質の必要量は、窒素出納法を用いて研究が進められてきた。各国の食事摂取基準は、窒素出納法によって得られたたんぱく質維持必要量を用いてたんぱく質の必要量を算定している」と説明する。出納がプラスなら体内に窒素が蓄積し、マイナスなら失われている状態だ。
タンパク質そのものではなく窒素量を測るのは、タンパク質中の窒素含有量がほぼ一定の割合(約16%)だからである。窒素量に6.25(=100/16)を乗じてタンパク質量に換算するのが、窒素出納法や必要量の議論で用いられる一般的な方法にあたる。
これとは別に、食品ごとのたんぱく質量を成分表から算出する場面では、食品別の換算係数が使われる。日本食品標準成分表では こめ5.95、乳製品6.38、小麦粉5.70、大豆5.71 と定められており、6.25は「その他の食品」区分の値にあたる。必要量の議論で6.25を使うことと、個別食品のたんぱく質量を成分表から求めることは別の場面の話であり、前者が不適切というわけではない。
出納がゼロを維持できる摂取量、つまり「入った窒素と出た窒素が釣り合う最小の摂取量」が維持必要量と呼ばれる。この維持必要量こそが、後述する推奨量算定の起点になる数値である。
窒素出納法による維持必要量の算定は日本独自の手法ではない。国際的にはFAO/WHO/UNU専門家会議の報告書(2007)も窒素出納法による維持必要量を採用しており、日本人の食事摂取基準はこの報告書の数値と比較検討したことを明記している。
窒素出納法はどう測定するのか
測定原理はシンプルだ。一定期間タンパク質の摂取量を段階的に変え、各段階で摂取窒素量と排泄窒素量(尿・糞便が主で、皮膚・汗・毛髪・爪などの損失も含む)を測定し、出納がゼロになる摂取量を求める。日本人の食事摂取基準(2025年版)は、15歳以上を対象にした28研究・合計348人分のメタ・アナリシスを維持必要量の根拠として採用した(策定検討会報告書 各論1-2 たんぱく質 p.87-88 表1)。
15〜59歳では研究数25・対象者294人で平均値0.65 g/kg体重/日(95%信頼区間0.64〜0.67)、60〜84歳では研究数5・対象者54人で平均値0.69 g/kg体重/日(95%信頼区間0.64〜0.74)。全体では28研究・348人で平均値0.66 g/kg体重/日(95%信頼区間0.64〜0.68)となった。サブグループの研究数を足すと30になるが全体は28である。これは15〜59歳と60〜84歳を分けて結果を報告した論文が2つあるためで、原典にもその旨の注記がある。性差、および若年・中年(60歳未満)と高齢者(60歳以上)の年齢差は、いずれも認められなかったという。
このメタ・アナリシスに含まれる実験は、すべて良質なたんぱく質を用いて実施されている。ここでいう良質なたんぱく質とは、実験条件として用いられる基準的な動物性たんぱく質を指し、利用効率(消化率)が100%と見積もられるものにあたる。そのため、この0.66という値をそのまま食事摂取基準の推定平均必要量として使うことはできない。日常の食事は複数の食品源からなる混合たんぱく質であり、良質なたんぱく質と利用効率が異なるためだ。
窒素出納法による必要量推定の研究例としては、Rand et al. (2003)による別のメタ・アナリシスもある。良質タンパク質の維持必要量として、推定平均必要量に相当する値0.65 g/kg体重/日、推奨量に相当する値0.83 g/kg体重/日を報告しており、食事摂取基準の値とおおむね近い水準にある。
タンパク質の推奨量はこれをどう使って決まるのか
日本人の食事摂取基準(2025年版)によれば、推定平均必要量は「維持必要量+新生組織蓄積量(小児と妊婦のみ)」という式で算定される。良質な動物性たんぱく質における維持必要量は、1歳以上の全年齢区分で男女ともに0.66 g/kg体重/日とされた。前節のメタ・アナリシスは15歳以上が対象だが、食事摂取基準は小児を対象とした10の研究についても維持必要量を平均0.67 g/kg体重/日と報告しており、成人の値とほぼ同じだとしている。これが1歳以上の全年齢区分へ同じ値を当てる根拠の1つになっている。窒素出納法はこの良質な動物性たんぱく質で実施されており、その利用効率(消化率)は100%と見積もられている。
日常食では複数の食品を組み合わせて摂取するため、利用効率は下がる。成人の日常食混合たんぱく質の利用効率は実測平均92.2%との報告があり、これを丸めて90%と見積もった(同報告書 p.90)。この結果、「維持必要量(g/kg体重/日)=良質な動物性たんぱく質における維持必要量÷日常食混合たんぱく質の利用効率=0.66÷0.9=0.73(成人の場合)」という式が導かれる。実効たんぱく質維持必要量(g/日)は、この0.73(g/kg体重/日)に参照体重(kg)を乗じて算出される。ここでいう参照体重は、食事摂取基準が年齢・性別ごとに定めた基準値であり、読み手個人の実測体重ではない。またこの段階で得られるのは維持必要量であって、推奨量ではない。
推定平均必要量から推奨量への変換にも式がある。「推奨量=推定平均必要量×推奨量算定係数」であり、推奨量算定係数は「1+2×変動係数」で求められる。同一対象者を繰り返し測定した結果から、研究者内の変動の2/3は個人内変動、1/3が真の個人間変動とされ、その変動係数は12%だった。変動曲線に偏りがあることを踏まえて変動係数を12.5%とし、推奨量算定係数を1.25とした(同報告書 p.92)。この係数は乳児を除く全年齢区分の推定平均必要量に一律で乗じられている。同様に、Rand et al. (2003)のメタ・アナリシスでも、中央値を推定平均必要量、97.5パーセンタイル値を推奨量とする統計的な考え方が採用されている。
なお、年齢別の実際の推奨量(g/日)は年齢区分ごとの参照体重・利用効率(1〜9歳70%、10〜11歳75%、12〜14歳80%、15〜17歳85%、18歳以上90%、男女共通)によって変わり、一部の年齢区分では前後の区分の値に平滑化する調整も行われている。個々の数値は年齢・性別で異なるため、自分の年齢区分の推奨量を知りたい場合は最新の食事摂取基準の該当表を直接確認するのが確実だ。
窒素出納法の限界は何か
食事摂取基準自体が、窒素出納法の限界を明確に記している(同報告書 p.87)。摂取量の測定について「皿などからこぼしたものや皿に残っているものなど摂取できなかった食物の全てを集めることは難しいため、摂取量を高く見積もられる可能性が高い」とされる。
排泄量の測定にはさらに大きな課題がある。「身体からの窒素排泄量は主に尿と糞便であるが、これ以外にも皮膚、汗、落屑、毛髪、爪などさまざまな体分泌物による損失もある。そのために、総排泄量は高くも低くも見積もられる可能性が高い」。摂取量が高く、排泄量が低く見積もられやすいという2つの傾向が重なると、窒素出納は実際よりプラスに(正に)誤って算出されやすくなる。結果として「窒素出納法では、たんぱく質又はアミノ酸必要量は低く見積もられる傾向となる」と食事摂取基準は結論づけている。
この限界を補う方法として、近年は指標アミノ酸酸化法(IAAO、indicator amino acid oxidation technique)による研究が進んでいる。指標アミノ酸酸化法は、摂取したタンパク質量を段階的に変えながら、体内で酸化される指標アミノ酸の量の変化から必要量の変曲点を検出する手法だ。窒素の出納を丸ごと測定するのではなく、代謝の変化点を直接とらえる点が窒素出納法と異なる。
指標アミノ酸酸化法による研究例として、Humayun MA, Elango R, Ball RO, Pencharz PBらが2007年に発表した研究がある。対象はn=8の健康な若年男性のみで、段階的なタンパク質摂取量下で必要量を推定し、推定平均必要量0.93 g/kg体重/日、推奨量相当1.2 g/kg体重/日という値を得た。食事摂取基準がこの手法の研究として一覧化しているものを見ると、対象者数が一桁台から十数名程度の小規模研究が大半を占める。窒素出納法のメタ・アナリシスが28研究・348人を統合しているのと比べると、蓄積の量に差がある。
食事摂取基準は、指標アミノ酸酸化法で得られた値を「窒素出納法を用いて得られた必要量よりも一様に高く、そのため、窒素出納法によって求められた値は真の必要量よりもかなり、例えば40〜50%程度、低いのではないかとする意見がある」とまとめている(同報告書 p.88)。指標アミノ酸酸化法のほうが真の必要量に近い可能性を指摘する声があるということだ。
しかし食事摂取基準(2025年版)は、指標アミノ酸酸化法の値を直接採用しなかった。理由は「食事摂取基準の策定根拠として用いるためには、まだ研究の数・質ともに十分でなく、特に国内においては、その研究報告が皆無である」という点にある(同報告書 p.88)。指標アミノ酸酸化法の値が誤っていると判断したわけではなく、公的基準として使うには研究の蓄積が足りないという判断だ。この結果、2025年版でも窒素出納法によって得られたたんぱく質維持必要量が引き続き用いられている。
窒素出納法とIAAO法の違いを整理すると次のようになる。
| 観点 | 窒素出納法 | 指標アミノ酸酸化法(IAAO) |
|---|---|---|
| 測定するもの | 摂取窒素量と排泄窒素量の差 | 指標アミノ酸の酸化量の変化 |
| 未測定損失の扱い | 皮膚・汗・毛髪・爪などの損失を捕捉しきれない | 出納の全量測定に依存しない |
| 推定値の傾向 | 低く出る傾向(食事摂取基準「系統的に必要量を過小に見積もる方向」) | 窒素出納法より一様に高い |
| 食事摂取基準での採用 | 採用(2025年版の算定根拠) | 直接には用いず(研究の数・質・国内報告の不足を理由に) |
出典: 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」各論1-2たんぱく質(p.86-97)、Humayun et al. 2007
この対比で押さえておきたいのは、「推奨量が絶対的な最適量ではない」という点だ。窒素出納法とIAAO法という2つの測定手法があり、それぞれ異なる推定値を出している。どちらの数値が正しいかを食事摂取基準自体が断定していない以上、推奨量を下回れば即座に不足という単純な話ではなく、逆に窒素出納法が過小評価だからもっと摂るべきだと断定できる話でもない。
測定方法による推定値の違いは、対象集団や解析方法によっても変動しうる。どちらの手法にも、対象者数・対象集団・実験条件という個別の制約がついて回る。
推奨量を上回れば上回るほど良い、という話でもない。食事摂取基準(2025年版)は現時点で耐容上限量を設定していない。「現時点ではたんぱく質の耐容上限量を設定し得る十分かつ明確な根拠となる報告はないため」だ(同報告書 p.93)。ただし上限がないことは無条件の推奨ではない。食事摂取基準(2025年版)が引用するメタ・アナリシスによれば、レジスタンストレーニング期にある成人がたんぱく質を1.6 g/kg体重/日以上摂取しても、除脂肪量の増大への効果は得られない可能性が高いという。原著論文ではなく食事摂取基準の本文を経由した引用である。同基準は、推奨量以上の摂取によって他の健康指標に有益な影響が得られるという根拠も乏しいとしている。食事摂取基準は「上限のないたんぱく質の摂取が健康増進に有益な効果をもたらすわけではない点には注意が必要である」と明記している。
高タンパク摂取と腎機能の関係は、タンパク質摂取と腎機能の関係で個別に整理している。
よくある質問
Q. 窒素にどうして6.25を掛けるのか。
タンパク質の窒素含有量が約16%であることに基づく換算で、100÷16≒6.25となる。ただしこれは「その他の食品」区分の値であり、食品によって係数は異なる。こめは5.95、乳製品は6.38、小麦粉は5.70、大豆は5.71が使われる。一律6.25というわけではない。
Q. 推奨量では足りないのではないか。
窒素出納法とIAAO法では推定値に差があり、食事摂取基準自体がその差を「40〜50%程度」と紹介している。ただし食事摂取基準は、指標アミノ酸酸化法を採用しなかった理由を「研究の数・質ともに十分でなく、特に国内においては、その研究報告が皆無である」としており、IAAO値が誤っていると判定したわけではない。どちらの数値がより実態に近いかは、現時点で決着していない論点として理解するのが妥当だ。
Q. 推奨量より多く摂れば有利なのか。
食事摂取基準は現時点で耐容上限量を設定していない。だがこれは「多いほど良い」を意味しない。1.6 g/kg体重/日以上摂取しても除脂肪量の増大への効果は得られない可能性が高いとする報告があり、推奨量以上の摂取が他の健康指標に有益とする根拠も乏しい。「上限のないたんぱく質の摂取が健康増進に有益な効果をもたらすわけではない」というのが食事摂取基準の立場だ。
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参考文献
- Rand, W. M., Pellett, P. L., & Young, V. R. (2003). Meta-analysis of nitrogen balance studies for estimating protein requirements in healthy adults. The American Journal of Clinical Nutrition, 77(1), 109-127. (https://doi.org/10.1093/ajcn/77.1.109)
- Humayun, M. A., Elango, R., Ball, R. O., & Pencharz, P. B. (2007). Reevaluation of the protein requirement in young men with the indicator amino acid oxidation technique. The American Journal of Clinical Nutrition, 86(4), 995-1002. (https://doi.org/10.1093/ajcn/86.4.995)
- FAO/WHO/UNU Expert Consultation. (2007). Protein and amino acid requirements in human nutrition: report of a joint FAO/WHO/UNU expert consultation. World Health Organization Technical Report Series, No. 935. (PMID: 18330140)
- 厚生労働省.「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 各論1-2 たんぱく質. (https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316462.pdf)