手術後の回復期のタンパク質摂取 — ESPEN・ERASガイドラインは何を述べているか

手術後のタンパク質摂取量について、ESPEN・ERAS・ASPEN/SCCMの臨床栄養ガイドラインが誰を対象に何をどの強度で述べているかを整理する。全患者向けの数値目標を示さないESPEN外科ガイドラインと、対象を限定して数値に触れるERAS・ASPENの違いを比較表にまとめた。

本記事は公開された学術論文および公的機関の情報に基づく事実の整理であり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではない。手術後の栄養管理は主治医・管理栄養士の指示が優先される。個別の摂取量の判断は必ず担当医療者に相談されたい。

欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)の外科領域ガイドラインは、早期経口摂取や栄養リスク患者への周術期栄養療法をGrade Aの強い推奨として掲げる一方、全ての手術患者に一律で適用される体重あたりのタンパク質目標量は、本記事が確認した範囲では見当たらなかった。体重あたりの数値に言及しているのはERAS Society(対象は大腸手術を受ける栄養不良またはそのリスクがある患者)とASPEN/SCCM(対象はICU管理下の重症患者)だが、いずれも対象が限定されており、手術を受けた人全般に外挿できるものではない。

手術後の体ではタンパク質代謝に何が起きているのか

手術という侵襲を受けると、体タンパク質の分解が亢進する方向に代謝が動くことが複数の研究で報告されている。ただしその大きさは測定方法によって結果が割れており、単純に「術後は必ず異化が進む」と言い切れる状態ではない。

待機的腹部手術後のタンパク質代謝を安定同位体トレーサー法で評価した14研究・190名のメタ解析(Jaconelli et al., 2022)によれば、尿中窒素排泄などの直接法ではタンパク質分解の増加がSMD 0.70(95%CI 0.38-1.02, p<0.001)と有意に示された。一方、動静脈差法による測定ではSMD 0.67(95%CI -1.05-2.38, p=0.45)にとどまり、統計的な有意差は確認されなかった。同じ「タンパク質異化」という現象でも、測定手法によって結論が変わる。

この解析に含まれた研究の測定期間は、術後24〜72時間を対象にしたものが主流だった。144時間(6日間)まで追跡した研究は1件のみである。したがって、術後数日を超えた中長期の代謝像がどう推移するかは、この解析からは分からない。

創傷の修復ではコラーゲンが合成され、その材料にアミノ酸が使われる。では手術後にどれだけ追加で摂れば治癒が早まるのか。この問いに数値で答えたヒト臨床データは見当たらなかった。異化亢進も創傷治癒も、必要量が変化しうることを示すだけである。そこから摂取量が導けるわけではない。

各ガイドラインは誰にどれだけのタンパク質をどの強度で述べているのか

臨床栄養領域の主要ガイドラインを横断して見ると、ESPENの外科ガイドラインは早期栄養療法という枠組みを強く推奨する一方、全患者向けの数値化されたタンパク質目標は掲げていない。数値を示すガイドラインは対象がそれぞれ限定されている。

ESPEN practical guideline: Clinical nutrition in surgery(2021年版・Weimann et al.)は37項目の推奨で構成され、早期経口摂取や術前補液などをGrade A・strong consensusで推奨している。2025年版のUpdate(Weimann et al., 2025)は44項目の推奨をGRADE方式に刷新したが、全手術患者に適用される体重あたりのタンパク質数値目標は、いずれの版にも本記事が確認した範囲では見当たらなかった。摂取量として目安が示されているのは減量外科(bariatric surgery)章の記述で、「早期の経口摂取が推奨され、1日60gのタンパク質という必要量を満たすためにプロテインパウダーでの補給が提案される」とある。ただしこれはRecommendation(番号の付いた正式な推奨事項)ではなく本文中の記述で、Gradeも付与されていない。2025年版では同じ章に「60g/日以上の摂取を支持するエビデンスは一貫していない」という留保が加わった。

体重あたりの数値が原典にまったく出てこないわけではない。2021年版の本文には0.35g/kg、1.5g/kg/日、0.5g/kg/日という数値が現れる。ただしこれらはいずれも非経口栄養(点滴による栄養投与)を扱った研究の記述で、グルタミンやアミノ酸の投与量を指している。手術を受けた患者が口から摂るタンパク質の目標量として示された数値ではない。

ガイドライン横断表

発行団体・ガイドライン名(発行年)対象タンパク質推奨量(原文)推奨の強度エビデンスレベル
ESPEN practical guideline: Clinical nutrition in surgery(2021、Weimann et al.)外科手術患者全般(周術期)全患者向けの数値化されたg/kg/日推奨なし。bariatric章コメントに「60g/日」の記述のみ(非Recommendation)該当なし該当なし
ESPEN guideline on clinical nutrition in surgery – Update 2025(Weimann et al.)外科手術患者全般(周術期)同上。「60g/d以上のエビデンスは一貫していない」と明記該当なし該当なし
ERAS Society colorectal surgery guideline(2018策定・2019公表、Gustafsson et al.)大腸手術を受ける患者のうち、栄養不良またはそのリスクがある者栄養・タンパク質の補給を7〜10日間†1Weak(弱い推奨)†1Moderate(中等度)†1
ASPEN/SCCM 重症患者向けガイドライン(2022、Compher et al.)ICU管理下の重症患者実体重あたり1.2〜2.0g/kg/日†2用量域を支持する高品質RCTデータは限定的と原文が明記Low〜Moderate†2
日本の学会ガイドライン—確認できず(後述)——

†1 ERASの推奨には複数の版があり、体重あたりの数値がどの版に帰属するかを本記事が読める範囲の原文では確定できなかったため、数値を載せていない。推奨強度・エビデンスレベルも同じ理由で検索結果の要約に基づく。 †2 ASPEN/SCCMの数値・エビデンスレベルは、掲載誌の本文が有料公開のため本記事では原文を確認できていない。書誌情報はPubMedで確認した。

  • ソート基準: 発行団体ごとにまとめ、同一団体内は発行年の昇順。団体の並びは欧州→米州→日本の順
  • データ取得時点: 2026年8月時点

本記事の収載基準は「周術期・術後のタンパク質摂取に言及した、発行団体が公表する臨床栄養ガイドライン」とする。製品は比較対象に含めない。

数値を示しているガイドラインは誰を対象にしているのか

体重あたりの数値目標を掲げているERASとASPEN/SCCMは、いずれも対象が限定されている。「手術を受けた人全般」に当てはまる数値ではない。

ERAS Societyの大腸手術ガイドラインは、術前の栄養・タンパク質の補給を7〜10日間行うことに触れている。ただし対象は限定されている。大腸手術を受ける患者のうち、栄養不良またはそのリスクがある者である。推奨強度はWeak、エビデンスレベルはModerateとされる。

ここで体重あたりの具体的な数値は挙げない。この推奨には複数の版があり、体重あたりの数値がどの版に載っているかを、本記事が読める範囲の原文では確定できなかったためである。数値を版と結びつけられないまま書けば、読者は古い版の推奨を新しい版の数値で読むことになる。栄養状態に問題のない患者や、大腸手術以外の術式に適用できる推奨でないことは、どの版でも変わらない。

ASPEN/SCCMの重症患者向けガイドライン(Compher et al., 2022)が示す1.2〜2.0g/kg/日という数値は、ICU管理下の重症患者を対象にしたものである。外科的な重症患者を含む場合はあるが、一般の術後患者全体を指すものではない。原文はこの用量域を支持する高品質RCTデータが限定的であることを明記しており、数値そのものが強固なエビデンスに支えられているわけではない。なおこの数値は、本記事が読める範囲の原文では確認できていない(掲載誌の本文は有料公開のため)。書誌情報そのものはPubMedで確認した。

高タンパク摂取が術後アウトカムを改善したことを直接示すRCTは、本記事が確認した範囲では見つからなかった。術前の栄養状態と術後アウトカムの関連を検討した研究はある。11研究・3,527名の前向きコホート研究を統合したシステマティックレビュー・メタ解析(Sun et al., 2015)では、栄養リスク陽性(NRS-2002による評価)と腹部手術後の総合併症との関連でプールOR 3.13(95%CI 2.51-3.90, p<0.00001)が示された。ただしこれは術前の栄養状態評価とアウトカムの相関を検討した研究であり、タンパク質摂取量を操作した介入試験ではない。相関と介入効果は別の主張である。

RCTが見当たらないことは、タンパク質が術後の回復に無関係だという意味ではない。介入試験がまだ行われていない領域だというだけである。証拠の不在と、不在の証拠は違う。

日本の学会に相当するガイドラインについては、日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)が発行するコンセンサスブックやテキストブックのタイトルは確認できたものの、無料公開されている周術期タンパク質摂取量の一次テキストは本記事が確認した公開情報の範囲では見当たらなかった。書籍に記載がある可能性は残るため、「存在しない」と断定するものではない。

在宅療養や健常者の回復にこの数値を当てはめられるのか

ここまでの数値はいずれも、大腸手術・栄養不良リスク・ICU管理という限定された対象のものである。在宅で回復する健常な術後患者に、そのまま当てはめられる数値ではない。

同じESPENという発行団体名でも、参照する文書によって扱いが異なる点には注意が要る。本記事が扱った外科ガイドライン(Weimann et al., 2021 / 2025)は手術という侵襲そのものを対象とする。一方、ESPENには疾患による炎症・感染・創傷がある入院患者全般を対象にした別文書(ホスピタル栄養ガイドライン、Thibault et al., 2021)があり、実体重あたり1.2〜1.5g/kg/日、重症例では最大2.0g/kg/日という数値を提案している。ここで2つのことを分けておきたい。ひとつは帰属の問題で、この数値はホスピタル栄養ガイドラインのものであり、外科ガイドラインの推奨として引用すれば出典の取り違えになる。もうひとつは適用の問題である。手術は創傷を作る侵襲なので、術後に入院している患者がホスピタル栄養ガイドラインの対象(炎症・感染・創傷がある入院患者)に含まれるかどうかは、また別の問いになる。この点について本記事は判断材料を持たない。

風邪や発熱のときプロテインは飲んでよいのかは、この入院患者向けガイドラインを在宅の風邪にそのまま当てはめられないという文脈で扱っている。同じESPEN名義の数値を、入院・医療管理下と在宅という逆方向から参照している形になる。

Web上には「ESPENガイドラインは術後のタンパク質摂取量を体重あたり1.5g/kg/日としている」と断定する病院・クリニックのコラムが複数存在する。本記事のリサーチでは、この数値の一次ソースを外科ガイドライン原典(2021年版・2025年版)に見つけることができなかった。前述のホスピタル栄養ガイドラインの数値と混同されている可能性が高い。同じ発行団体の異なる文書を取り違えると、対象患者が異なる数値が別の文脈へそのまま流用される。

よくある質問

手術後にプロテインパウダーを飲んでよいか

手術後の栄養摂取の可否・量・タイミングは、術式・回復経過・消化管の状態によって個別に異なるため、判断は主治医・管理栄養士が行う事柄である。ガイドライン上は、早期からの経口・経腸栄養が全般的に推奨される方向で示されているが、個々の患者にどう適用するかは医療者の指示による。

「術後は体重1kgあたり1.5g」という説明を見かけるが、その根拠はどこにあるのか

ESPENには外科ガイドライン(手術そのものを対象)とホスピタル栄養ガイドライン(入院患者全般を対象)という別の文書がある。1.5g/kg/日という数値は後者のもので、本記事が確認した範囲では外科ガイドライン自体に全患者向けの数値目標は見当たらない。

まぎらわしいことに、1.5という数字は外科ガイドラインの本文にも現れる。2021年版では非経口栄養の研究を説明する箇所に「1.5g/kg/日のアミノ酸」として、2025年版ではエネルギー摂取量の記述に「安静時エネルギー消費量の1.2〜1.5倍」として登場する。どちらも口から摂るタンパク質の推奨量ではない。数字だけが一致する別概念が同じ文書内に併存しており、どの経路で「術後1.5g/kg/日」という説明が生まれたかは特定できない。

手術の種類によって必要量は変わるのか

体重あたりの数値を示しているERAS Societyのガイドラインは大腸手術に限定されており、他の術式に同じ数値をそのまま適用できるかは確認されていない。侵襲度・術式・患者の栄養状態によって必要量は変わりうるが、術式横断で確定した答えは、本記事が確認した範囲では存在しない。

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参考文献

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